患 者:55歳 女性
初 診:2014年4月
主 訴:舌のできものが気になる
既往歴:特記事項なし
生活歴:タバコおよびアルコールなどの嗜好はなし
現病歴:2014年1月から左側舌縁に白斑を自覚し、近在歯科医院を受診する。舌白板症が疑われたため精査加療をすすめられ、4月下旬に当科初診となった
写真1 初診時の口腔内写真
55歳の女性。左側舌縁に均一な白斑を認める。局所に圧痛、硬結等の症状はなし。
近医からの情報提供
患者は左側舌縁の白斑を主訴に来院。本人に痛みや痒みなどの自覚症状はなく、増大傾向もないという。
近医からの紹介状(イメージ)
現症:
全身所見:栄養・体格中等度、全身状態良好。
口腔外所見:顔貌は左右対称、頸部に異常なリンパ節腫大は触知しなかった。
口腔内所見:左側舌縁に15×20mm大の表面粘膜は滑沢かつ均一な白斑を認めた。口腔の他部位に白色病変は認められなかった。同部に圧痛と硬結はなく、舌の運動障害、嚥下障害も認めなかった。狭窄歯列、咬癖、ブラキシズムなどの外傷要因も認めなかった(写真1)。
臨床検査所見:炎症所見はなく、他に特記すべき所見も認めなかった。
蛍光観察所見:白斑部に相当して均一かつ境界明瞭な蛍光亢進が観察される。白斑前方部に均一かつ境界明瞭な蛍光ロスがあり、白色光下の舌乳頭委縮部と一致している(写真2)。
写真2 初診時の蛍光写真(イルミスキャンⅡを使用)
白斑部に一致して強い緑色を呈し蛍光亢進がある。前方には一部蛍光ロスがあり、乳頭の委縮部と一致していた。
臨床診断:
均一型白板症
処置および経過:
初診時に細胞診を施行しClass Ⅱの診断を得た。翌月、症状不変のため生検を施行し、病理学的検査では上皮性異形成症を伴わない過角化および有棘層、角質層の著明な角化が観察された。生検結果から悪性所見がないことが確認できたため、患者の希望もあり全切除はせず2〜3ヶ月ごとの経過観察(視診、触診、そして蛍光観察)を継続した。
3年後の2017年4月時の診察では、白斑部の肥厚が観察されるのみであった(写真3)。
写真3 初診から3年後の口腔内写真
左側舌縁に均一な白斑を認める。白斑の一部に肥厚した部分があるが、局所に圧痛、硬結等の症状はなし。
写真4 初診から3年後の蛍光写真(イルミスキャンⅡを使用)
白斑部に一致して強い緑色を呈し蛍光亢進がある。蛍光亢進内に蛍光ロスが散見され、境界も不明瞭。
蛍光所見では蛍光亢進と蛍光ロスの混在が明確になり(写真4)、亢進の所見も不均一、境界不明瞭になったため蛍光写真の解析を行ったところ、悪性化を疑う所見が観察された(写真5)。
写真5 蛍光写真のG値解析ソフトによる比較。緑の輝度(G値)をカラーマッピングして三次元表示すると、初診時はフラットで均一な画像が得られたが、3年後には凹凸不正な画像が得られた(左図の黒点はマーキング)。
念のため同日に細胞診を行ったところ、Class Ⅳの結果を得た。肉眼では明確に判断できなかった角化の異常を蛍光観察で描出できたことになる。
CT、MRIによる画像検査から明らかな頸部・遠隔転移の所見がないことが確認できたため、同月に全身麻酔下にて切除術を施行した(写真6)。
写真6 切除した病変(左が前方、上が舌背)とその病理
病理組織学的検査にて、扁平上皮がんの診断が得られた(写真7)。術後3年以上経過したが、再発徴候はなく経過は順調である。
写真7 最終の病理報告書
まとめ
本症例のように、近在歯科医院から紹介を受けた症例に対して、当科では細胞診を先行し、陰性であれば定期的(2〜3ヶ月ごと)に視診と触診、そして画像記録を行う(写真8)。
近医から適切な時期に紹介をいただき、フォローを行ったことにより、早期にがん化を発見し、進展を避けることができた。もし紹介を受けていなかったら、進展した舌がんになり、患者は舌部分切除以上の侵襲を余儀なくされていた。患者のQOL低下を未然に防ぐことができた好例といえよう。
カンジダ症、口腔扁平苔癬、褥瘡などとの鑑別が必要だが、白斑が不均一型、毛状型というときには高次医療機関へ紹介いただくと良い。その際の注意点は白斑の形態と周囲の硬結である。
細胞診のClass分類
細胞診の判定はパパニコロウ染色という方法が用いられ、以下の5段階で行われる。
Class Ⅰ: 異型細胞が認められない。正常。
Class Ⅱ: 異型細胞は認められるが、悪性の疑いはない。
Class Ⅲ: 異型細胞は認められるが、悪性と断定できない(Ⅲa:おそらく良性異型 Ⅲb:悪性を疑う)
Class Ⅳ:悪性の疑いが濃厚な異型細胞を認める
Class Ⅴ: 悪性と確定できる異型細胞(がんなど)を認める
粘膜疾患の蛍光観察
生検や細胞診に代わる、口腔粘膜疾患の新たな診断方法。侵襲が少なく、非接触であることから近年注目を浴びている。緑値の判断には個人差があるが、G値でカラーマッピングすれば一目瞭然である。